8月30日深夜
母が寝室へ向かってからしばらくたっていた。父が寝室へ行ってからはそんなにたっていなかったように思う。弟は自室でPCに向かい、私はリビングでやはりPCに向かっていた。
リビングの電話が鳴る。
夜中の電話は間違い電話かもしれないので、3コール待った。
「もしもし」
今の世の中、私は電話口で名乗らないことを学習している。
「夜分恐れ入ります。○○△△です」
落ち着いた男性の声だった。△△という名前は知らないが、○○は母の旧姓だ。
母には兄が一人いることは知っていた。
「少々お待ちください」
こんな時間に、疎遠の実家から電話など、尋常ではない。
私は動揺し、寝室に向かった。ちょうど電話の音で起きた父が出て来た。
「お母さんに電話。○○△△って、お母さんのお兄さん？」
父は肯定した。寝室の奥から母が出て来た。電話に出る。
何かを聞き、絶句して、そのまま力が抜けてしまう......くらい想像していた。
が、母は落ち着いてた。そう見えただけなのであるが。聞こえるのは相槌ばかりであった。
私は動揺したままtwitterに投稿などしていた。
母が電話を切る。
「明日、徳島に行くの？」と聞いたら「なるべく早くとは言われた」と返ってた。
両親どちらかが危篤なのだろうか。想像できたのはその程度だ。
母は、目の前に本が積み上げられたクローゼットを器用に少しだけ開け、隙間から喪服を取り出した。
私は状況を理解した。
母が着替えや洗面用具の準備をしている間、父は実家周辺の地図を検索し、私は徳島行きの飛行機を調べた。弟はなにやらWikipediaを見ている。
父母は二人でディスプレイを覗き、実家周辺の様子を確認しているようだった。
次に私のPCを覗く。徳島行きの飛行機は全て空席があった。
webで予約をしてあげようとも思ったのだが、母は新しいものを取り入れることが得意ではない。私は良かれと思って予約をせず、ATMのような機械やカウンターのお姉さんになるだろうと伝えた。
ちょうど、この日、私は出張から戻ってきたところだったが、その際使用したカバンに母の荷物は準備されていた。
母の準備が一通り終わったところで、弟が母にディスプレイを見せた。
突然だが母は城が好きだ。弟は徳島にある城をWikipediaで調べていた。
「徳島行くんだったらついでにどうぞ...」
「観光なんて......」
弟は空気が読めなかった。