注文の多い料理店かもしれない話

2002年6月25日 00:03
小説】 | Mr. FULLSWING

「『クラムボンはわらったよ。』『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』」
「何だYo、猪里。それ。」
「宮沢賢治ばい。そこにあったとよ。」
「あぁ。俺はそれ読んだことねーNa。」
「おもしろかよ。俺、注文の多い料理店好きっちゃんね。」
「ま、とりあえず、髪乾かせYo。本が濡れるZe。」

虎鉄は手近なタオルを手に取ると、猪里の髪を拭いた。
水滴がぴぴぴ、と飛ぶ。
猪里はそれに関心がないようで、本のページをめくった。
目的のページを見つけたらしく、あった、と小さく言った。
虎鉄は手を止めると、髪を拭くのに飽きたのか、猪里のほっぺたで遊び始めた。
のばしたり、つついたり。
虎鉄がおいしそうだNa。と笑うと、猪里はむすっとした。
ああ。確かに食べるの好きけんね。悪かったい。
虎鉄から逃げるように数歩離れると、再び本に目を落とす。
虎鉄は、部屋の隅の鏡台に行き、何やらすると、足音を殺して猪里に近づいた。

「IーNoーRiーーーー!!」
「わっ、何すると!虎鉄。これ......」
「クリームDa。えーと...『つるつるの肌をあなたものに』だそうDa。」
「そげなもんどこから...」
「鏡台でみつけたんだZe。猪里、耳の裏までしっかり......餃子!」
「人の耳で遊ぶなや。だいたい、そのクリームも...人のもんば勝手にいじるんやなか。」

虎鉄は、へいへい、といい加減に返事をすると、鏡台の方に行った。
鏡の前に数々の瓶、スプレー缶が並ぶ中に、クリームのチューブを戻した。
今度はそのなかから、ずいぶん凝ったデザインの瓶を手に取ると再び、猪里の背後に回る。
瓶の上の部分を指で押すと、中の液体が霧状に吹き出た。
『いらいらするあなたに、ラベンダーの癒しの香りを』
虎鉄が笑うと、猪里は本格的に頭にきたらしく、にらみを利かせて、本に向き直った。
虎鉄はやれやれ、といったしぐさをすると、鏡台に戻り、香水の瓶を戻した。
今度は鏡台の引き出しをあさりだした。
平たい缶を取り出すと、三度猪里に近づいた。
今度は至近距離に来る前に猪里が振り向いたが。

「今度は何しよーとや。」
「ベビーパウダーみつけたんDa。こう......」
「勝手にやってれば良か。」
「猪里ー、怒るなYo-。」
「怒らせてるのは誰ばい?」

虎鉄はしぶしぶと鏡台に戻っていった。
猪里はやれやれと、本に目を戻した。
『「いや、わざわざご苦労です。
  たいへんけっこうにできました。
  さあさあおなかにおはいりください。」』

もう、目当ての話も終盤に入っている。
と、ここで、思い立ったようにページを戻す。

「つぼのなかのクリームを顔や手足にすっかりぬってください。」
「クリームをよくぬりましたか、耳にもよくぬりましたか。」
「はやくあなたの頭にびんのなかの香水をよくふりかけてください。」
「もうこれだけです。どうかからだじゅうに、つぼのなかの塩をたくさんよくもみこんでください。」

(クリームを顔中に塗られた!)
(耳の裏にもしっかりと塗られた!)
(香水をかけられた!)
(粉をふられそうだった!未遂に終わったけど...)

そしてよみがえるあのセリフ

「猪里のほっぺたおいしそうだNa。」

「く......食われるっちゃんね!!!」