「『クラムボンはわらったよ。』『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』」
「何だYo、猪里。それ。」
「宮沢賢治ばい。そこにあったとよ。」
「あぁ。俺はそれ読んだことねーNa。」
「おもしろかよ。俺、注文の多い料理店好きっちゃんね。」
「ま、とりあえず、髪乾かせYo。本が濡れるZe。」
虎鉄は手近なタオルを手に取ると、猪里の髪を拭いた。
水滴がぴぴぴ、と飛ぶ。
猪里はそれに関心がないようで、本のページをめくった。
目的のページを見つけたらしく、あった、と小さく言った。
虎鉄は手を止めると、髪を拭くのに飽きたのか、猪里のほっぺたで遊び始めた。
のばしたり、つついたり。
虎鉄がおいしそうだNa。と笑うと、猪里はむすっとした。
ああ。確かに食べるの好きけんね。悪かったい。
虎鉄から逃げるように数歩離れると、再び本に目を落とす。
虎鉄は、部屋の隅の鏡台に行き、何やらすると、足音を殺して猪里に近づいた。
「IーNoーRiーーーー!!」
「わっ、何すると!虎鉄。これ......」
「クリームDa。えーと...『つるつるの肌をあなたものに』だそうDa。」
「そげなもんどこから...」
「鏡台でみつけたんだZe。猪里、耳の裏までしっかり......餃子!」
「人の耳で遊ぶなや。だいたい、そのクリームも...人のもんば勝手にいじるんやなか。」
虎鉄は、へいへい、といい加減に返事をすると、鏡台の方に行った。
鏡の前に数々の瓶、スプレー缶が並ぶ中に、クリームのチューブを戻した。
今度はそのなかから、ずいぶん凝ったデザインの瓶を手に取ると再び、猪里の背後に回る。
瓶の上の部分を指で押すと、中の液体が霧状に吹き出た。
『いらいらするあなたに、ラベンダーの癒しの香りを』
虎鉄が笑うと、猪里は本格的に頭にきたらしく、にらみを利かせて、本に向き直った。
虎鉄はやれやれ、といったしぐさをすると、鏡台に戻り、香水の瓶を戻した。
今度は鏡台の引き出しをあさりだした。
平たい缶を取り出すと、三度猪里に近づいた。
今度は至近距離に来る前に猪里が振り向いたが。
「今度は何しよーとや。」
「ベビーパウダーみつけたんDa。こう......」
「勝手にやってれば良か。」
「猪里ー、怒るなYo-。」
「怒らせてるのは誰ばい?」
虎鉄はしぶしぶと鏡台に戻っていった。
猪里はやれやれと、本に目を戻した。
『「いや、わざわざご苦労です。
たいへんけっこうにできました。
さあさあおなかにおはいりください。」』
もう、目当ての話も終盤に入っている。
と、ここで、思い立ったようにページを戻す。
「つぼのなかのクリームを顔や手足にすっかりぬってください。」
「クリームをよくぬりましたか、耳にもよくぬりましたか。」
「はやくあなたの頭にびんのなかの香水をよくふりかけてください。」
「もうこれだけです。どうかからだじゅうに、つぼのなかの塩をたくさんよくもみこんでください。」
(クリームを顔中に塗られた!)
(耳の裏にもしっかりと塗られた!)
(香水をかけられた!)
(粉をふられそうだった!未遂に終わったけど...)
そしてよみがえるあのセリフ
「猪里のほっぺたおいしそうだNa。」
「く......食われるっちゃんね!!!」