手紙の挨拶文の始めは『風薫る』
そんな季節、今は5月。
生暖かい風(肌にまとわり付く風ではなく、さわやかに頬をくすぐっていく)が吹き、マネージャーが干しているタオルを揺らした。
砂埃が低く舞い上がり、生のふくらはぎに、ざらざらした感触を与えた。
気温は夏に向かって順調にあがっている。
たった今練習中のグラウンドに、一部、アンダーシャツを捲り上げている球児もいた。
そんな陽気な空の下。
たった一人、マフラーをきっちりと巻いている球児がいる。
エースピッチャー―鹿目筒良―は、肩からずり落ちてきたマフラーを巻きなおし、マウンドに立った。
今日はいつも彼がしているマフラーとは違うものをしていた。
この冬に流行った、かなり長めのマフラーである。
いつものマフラーと色が同じそれは、それだけにその長さが強調された。
そして、身長が決して高いほうとはいえない彼は、今にもマフラーを引きずりそうだった。
「牛尾が言ったのだ。この冬流行ってたマフラー、きっと似合うんじゃないかって。そう言ってこのマフラーくれたのだ。せっかくだからつけているのだ。」
何故、牛尾がくれたのか。
そんなことは置いといて(きっと、誰かに貰いでもして使わなかったのだろう)
鹿目がボールを投げると、それにあわせて長く垂れたマフラーはなびいた。
(そういえば、ジョギングのときも走るのにあわせてなびいていた。それはまるで、どこぞの忍者の走行訓練だったが)
再び投げる体制に入った。
風が背中から吹きつけ、マフラーを視界の中へと飛ばした。
それがうっとおしかったのか、一度背中に押し付け、しかし、また戻ってきて、いったんグローブを下ろし、マフラーを背中に押し付けた。
しかし、風に戻されてくる。
そんな作業を2,3回繰り返し、結局風が止むまでボールが投げられることはなかった。
干していたタオルがその風の強さに一枚飛んで行き、マネージャーは走った。
グラウンドの砂が舞い上がり、みんな眼をふさいだ。
ボールは風に煽られまっすぐ飛ばず、
打球は、風に運ばれてホームランになったり(もちろん逆もあった)
風薫る5月。
まぁ、風も吹きすぎな感じがするが。
鹿目は風が吹くと邪魔になって練習にならないマフラーに腹を立てた。
いつものマフラーを今日は持ってきていないが、とりあえずマフラーをはずそうとベンチに向かった。
風に煽られ、マフラーは揺れた。
それを見て、球児の大半はどこぞのヒーローを思い浮かべる。
(そう。それは某サイボーグであったり)