朝のラッシュに比べればはるかにマシなのだが、不快感を感じる程度に混んでいた。
出るも入るも、人を掻き分けなければいけない。
人に揉まれ、揺られる。
そんなハンパな満員電車(正しくは満員ではないが)に、辰羅川と犬飼の二人は乗っていた。
何故、この電車に乗っていたか。
その理由はこの話を語るに当たって必要ないから省略しよう。
犬飼は、ドアの前、通路のほぼ中央に人に押された形で居た。
辰羅川はドアのすぐ側、偶然空いた椅子に座っていた。
そして、辰羅川はずっと笑いを堪えており、
犬飼はずっと不機嫌な顔をしていた。
何故か。
電車と言うものはブレーキをかけるときに乗客は前へ傾く。
出発するときに後ろへ傾く。
ここはカーブの多い路線だった。
左に曲がるとき乗客は右へ傾く。
右に曲がるとき、左へ傾く。
これを慣性の法則と言う。
細かい原理は長くなりそうなのでやめておこう。
犬飼は、両手に荷物を持っており、つり革をつかめなかった。
別に人に身を任せて居ればよかったので危険はないのだが。
今日はたまたま乱暴な運転をする運転手であった。
いや、乱暴と言うと失礼だから、大雑把、と言うことにしておこう。
これが、辰羅川の笑みと、犬飼の不機嫌な顔に関係ある。
曲がったりするたびに電車は揺れた。
乗客は大きく傾いた。
椅子に座った乗客は前に、後ろに、傾いた。
つり革が揺れた。
そして、その揺れたつり革は犬飼の頭に当たる。
背の高さが背の高さなのか、またはつり革は犬飼に恨みでもあったのか。
それほど狙いは正確であった。
曲がると、傾いた犬飼を追うようにつり革が体当たりをかまし、
反対側に曲がれば、犬飼はつり革に頭をぶつけに行く形になり、
それが戻れば反動でまたつり革が体当たりをかます。
犬飼としては今すぐにでもつり革に復讐、もしくは逃走したいわけだが
両手の荷物、適度に混んだ車内がそれを妨げた。
その意外にも固く、痛いつり革相手に犬飼の目に涙が浮かんだ。
そのあまりにもこっけいな友人の姿に、辰羅川の目に涙が浮かんだ。
(もちろん、笑いすぎの涙である。彼には同情する気などさらさらなかった。)